はじめに
うつ病が長期間治らない場合(これを難治性うつ病と言います)、今の治療法は適切なのだろうか、他に治療法はないのだろうかと、不安を感じたりしていませんか?その様な方々のために、ここでは難治性うつ病の治療法について、最近の知見をご紹介したいと思います。この記事を読む事で、難治性うつ病に対する薬物療法、電気けいれん療法、海外での最新治療法を知る事が出来ます。難治性うつ病について正しい知識を得ることは回復のために重要です。
診断やストレスの再検討
2種類以上の抗うつ薬を最大量で、十分な期間使用してもうつ病が治らない場合、以前の記事「うつ病が治らない時は診断の再検討」で書いた通り、まず診断及び心理・身体的ストレス・併発している病気などの再検討を行います。診断等に問題が無ければ、下記の薬物療法が推奨されています。
再検討の結果、心理・身体的ストレスが持続していると考られる場合、うつ状態で機能が亢進していた視床下部ー下垂体ー副腎皮質(HPA)系の機能の正常化が起こらず、抗うつ薬を内服してもうつ症状が改善していない可能性があります。心理・身体的ストレスとは、仕事のストレスや対人関係問題などが含まれますが、このことにしばしば関係しているのが、その人の愛着スタイル(特に不安定型)です。そこで心理・身体的ストレスが持続していると考られる場合、ストレスを軽減するための環境調整を行ないますが、不安定型愛着スタイルの関与が考えられる時は、より安定した愛着スタイルへの転換を図ることも検討する必要があるかも知れません。
併発している病気が見つかった場合、特に多いのは不安障害、パーソナリティ障害やアルコール・薬物の使用障害ですが、下記のうつ病に対する更なる薬物療法と並行して、併発している病気も同時に治療することが必要になると考えられます。
薬物療法
他の抗うつ薬への切り替え
現在国内では、以下の様な種類の抗うつ薬が発売されています。
- 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor; SSRI)
- セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(Serotonin Noradrenaline Reuptake Inhibitor; SNRI)
- 三環系抗うつ薬
- 非三環系抗うつ薬
- ノルアドレナリン作動性特異的セロトニン作動性抗うつ薬(Noradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressant; NaSSA)
難治性うつ病では、それまでに効果が無かった抗うつ薬と、種類の異なる抗うつ薬を使用することが提唱されています。例えば、SSRIとSNRIが無効だった場合、三環系抗うつ薬、非三環系抗うつ薬、NaSSAのいずれかを選択する、と言うことです。
増強療法
抗うつ薬と抗うつ薬以外の薬物を併用する薬物療法を、抗うつ薬の効果を強める、と言う意味で、増強療法と言います。国内では、一般名アリピプラゾールという薬物が、増強療法でのうつ病への適応を取得しています。アリピプラゾールは、うつ病に対して、上記のSSRI或いはSNRIと併用することになっています。その他にも、保険適応外ではありますが、増強療法として下記の薬物を、抗うつ薬と併用することが提唱されています。
- 炭酸リチウム(躁うつ病の治療薬です)
- 甲状腺ホルモン薬
- 抗精神病薬(統合失調症の治療薬です)
- 抗てんかん薬(てんかん及び躁うつ病の治療薬です)
抗うつ薬の併用療法
難治性うつ病に対して、種類の異なる抗うつ薬を併用する治療法が有用であるとする報告と、無効だとする報告があります。上記の、NaSSAとSSRI或いはSNRIの併用を提唱する文献もあります。
電気けいれん療法
電気けいれん療法とは、患者の頭部の皮膚から脳に通電してけいれん発作を起こす治療法です。この治療法は当初、統合失調症の治療法として確立されましたが、その後うつ病治療にも利用されています。現在は、麻酔薬と筋弛緩薬を使用して、けいれんを起こさずに行う、修正型電気けいれん療法が主流となっています。副作用として、頭痛、筋肉痛、記憶障害などがあります。電気けいれん療法がうつ病に効果的な理由として、この治療により脳由来神経成長因子(BDNF)の発現が高まるからだと想定されています。難治性うつ病の場合、電気けいれん療法により一度改善しても、うつ症状が再発することが多いとの報告もあります。
難治性うつ病にエスケタミンの点鼻薬が有効
米国では、2019年3月にエスケタミンという薬剤が、新たな難治性うつ病治療薬として承認されています。エスケタミンとは、国内で既に静脈麻酔薬として使われているケタミンの誘導体です。難治性うつ病の被験者に対して、エスケタミンの点鼻薬を投与すると、4時間後には抑うつ症状の軽減が認められると報告されています。これは、既存の経口抗うつ薬がその効果を発揮するのに数週間を要することと比較すると、効果出現が早いと考えられます。また、既存の抗うつ薬の内服治療と並行して、週に2回エスケタミンの点鼻薬を投与すると、抑うつ症状の改善が認められ、その後エスケタミンを投与する頻度を2週間に1度に減らしても、効果は2ヶ月以上維持されたと報告されています。更にエスケタミンと抗うつ剤の治療で一旦改善した難治性うつ病の被験者が、抗うつ剤だけでなくエスケタミンも継続することで、うつ症状の再発を遅らせることが出来ると報告されています。この治験での主な副作用は、一過性の味覚障害、回転性めまい、解離症状、眠気、浮動性めまいで、殆どが投薬日に認められ、その日のうちに消失したとのことです。国内でも、難治性うつ病に対するエスケタミンの治験が現在行われています。
まとめ
難治性うつ病の治療に際しては、まず診断及びストレス要因の再検討を行い、必要に応じて愛着スタイルの検査やそれに基づく環境調整を行います。難治性うつ病の治療法としては、他の抗うつ薬への切り替え、増強療法、抗うつ薬の併用療法、電気けいれん療法などの治療法が提唱されています。海外では、エスケタミンの点鼻薬が新たな治療薬として使用されており、国内でも治験が行われています。
参考文献
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