はじめに
ある一時期の事が全く思い出せないとか、小学校低学年の頃の記憶が全く無いとか、見知らぬ土地で保護されたが、その前の数日間の記憶が全く無い、というような経験がありませんか?もし有れば、解離性健忘かもしれません。この記事では、解離性健忘とはどのような病気で、その診断と治療はどのように行われるのかについて紹介したいと思います。病気について正しい知識を得る事は、その改善のために重要です。
解離性健忘の診断
『DSM-5精神疾患の分類と診断の手引』によれば、以下のA〜Cが当てはまる場合、解離性健忘の可能性があります。
- A. 重要な自伝的情報(心的外傷的または強いストレス体験であることが多い)について思い出せない。これは、通常の物忘れでは説明出来ない。
- B. その障害は、物質(アルコールまたは他の乱用薬物や医薬品)または、他の医学的疾患(ある種のてんかん発作、一過性全健忘(通常24時間以内に軽快し、中高年の男性に多い)、頭部外傷や外傷性脳損傷の後遺症など)によるものではない。
- C. その障害は、解離性同一症、心的外傷後ストレス障害、急性ストレス障害、身体症状症、認知症によって説明出来ない。
健忘症状と共に、他とはっきり区別される人格が認められれば、解離性同一症と診断されます。健忘に加え、目的を持った旅や道に迷ったように放浪することを、解離性遁走(とんそう)といいます。
解離性健忘には、健忘の特徴により、以下のように分けられます。
- 全般性健忘:自分の全生活に関する健忘。
- 系統的健忘:ある特定領域の情報に関する健忘。
- 限局性健忘:ある特定の期間の健忘。
- 選択的健忘:ある特定の期間の全てを思い出すことは出来ない状態。
解離性健忘の経過
解離性健忘のなかには、比較的すみやかに記憶を回復する方もおられます。健忘された記憶内容は、通常は突然思い出されることが多いですが、その時期は予測できず、また最終的に健忘されたままであることも多いとされています。
解離性健忘の治療
解離性健忘や解離性同一性障害を含む解離性障害は、記憶、知覚、運動などの心身の諸機能のうちの一部が一時的に欠落したために、心身の統合された機能が失われた状態です。解離性健忘の場合は、記憶の機能が一時的に欠落している状態です。解離性健忘の治療においては、健忘していた期間の記憶が健忘されたままであることも少なくないとも言われており、通常の日常生活に戻ることの重要性も検討する必要があります。
第一段階:安全性の確保、症状の安定化と軽減
- まず解離状態に見られる不安や恐怖を和らげ、安心感や安定感をもたらすことが中心となる段階です。生活環境を安全なものとする、必要なら虐待などが起こる可能性がある環境から離れる、などがこの段階に当たります。
- 睡眠、食欲、気分などの安定を図るため、薬物療法を検討します。
第二段階:外傷記憶に向き合い、恐怖を和らげる
過去の記憶に少しずつ向き合い、徐々に恐怖を和らげていきます。症状が悪化する場合には、第一段階に戻るなど柔軟な対応が必要とされます。症状が安定してきた状態で、徐々に強いストレスとなった出来事について、周辺領域のことから取り上げます。
第三段階:日常生活の範囲を拡げる。
日常生活における不安や恐怖を克服し、日常生活に積極的に関与する段階です。この段階では、これまで恐怖から避けていた日常生活の範囲を次第に拡げていき、様々なストレスへの対処法を身につけていきます。
まとめ
解離性健忘とは、心的外傷的または強いストレス体験などについて思い出せない状態のことです。健忘に加え、目的を持った旅や道に迷ったように放浪することを、解離性遁走(とんそう)といいます。治療としては、解離状態に伴う不安や恐怖感を和らげ、安心感や安定感をもたらすことに始まり、徐々に外傷記憶と向き合い、恐怖を和らげていきます。しかし、健忘している期間の記憶を取り戻すことだけを目標にするのではなく、通常の日常生活に戻ることの重要性も検討する必要があります。
参考文献
- 樋口輝彦, 市川宏伸, 神庭重信, 朝田隆, 中込和幸. (2016). 今日の精神疾患治療指針. 第2版. 医学書院.
- 高橋三郎. 大野裕他. (2014). DSM-5 精神疾患の診断と分類の手引き. 医学書院.
- 岡野憲一郎. (2015). 精神神経学雑誌. 解離性障害をいかに臨床的に扱うか. 117, 399-412.
- 岡野憲一郎. (2016). 臨床精神医学. 解離性健忘. 45, 284-285.
コメント