はじめに
うつ病が長期間治らない場合、今の診断は正しいのだろうか、どうして良くならないのだろうか、と不安を感じたりしていませんか?その様な方々のために、ここではうつ病の症状が長期間治らない時、検討するべき点について最近の知見をご紹介したいと思います。この記事を読む事で、うつ病が長期間治らない場合、どのような点を再検討するべきなのかが分かります。長期間治らないうつ病について正しい知識を得ることは回復のために重要です。
長期間治らないうつ病の基準
最初に、長期間治らないうつ病(難治性うつ病)とは、どのような状態を言うのでしょうか。諸説ありますが、2種類以上の抗うつ薬による内服治療を行ったにも関わらず、うつ症状が改善しない場合を難治性うつ病と呼ぶのが主流です。実際には、最初から2種類の抗うつ薬を同時に投与することはありませんので、最初の抗うつ薬治療が無効で、2種類目の抗うつ薬に切り替えたがそれも無効だった場合、難治性うつ病であると考えられます。抗うつ薬の使用方法についても、諸説ありますが、一説ではそれぞれの抗うつ薬の最大量で、1ヶ月以上内服治療を続けることが必要とされています。多くの抗うつ薬は、最初は少量から開始し、副作用が出ないか経過を見ながら増量しますので、増量の結果、最大量に到達してから、その量で1ヶ月以上内服治療を続けたにも関わらず、うつ症状が改善しない場合、最初の抗うつ薬は無効と判断され、2種類目の抗うつ薬に切り替え、再び少量から開始し、徐々に増量して、最大量に到達してから、その量で1ヶ月以上内服治療を続けたにも関わらずうつ症状が改善しない場合、難治性うつ病と言うことになります。
難治性うつ病の頻度
米国で実施された外来通院中の約3700人のうつ病患者さんを対象とした研究では、1年以上にわたって抗うつ薬による薬物療法などを行ったにも関わらず、約3割の方のうつ症状は十分には改善しませんでした。ですから、難治性うつ病は、決して稀な病気ではありません。
躁うつ病の可能性の再検討
難治性うつ病治療の次の一手として、先ず推奨されるのは、うつ病の診断の再検討、特に躁うつ病の抑うつエピソードである可能性の検討です。下の表に示した、うつ病と躁うつ病における抑うつエピソードの特徴を踏まえ、過去に躁病および軽躁病エピソードが無かったか、改めて検討することが必要です。躁うつ病の抑うつエピソードの治療に抗うつ薬(特に三環系抗うつ薬)を使用することは、躁転(うつ状態から急速に躁状態へ変化すること)や軽躁転(うつ状態から急速に軽躁状態へ変化すること)のリスクがあることから、推奨されていません。
うつ病 | 躁うつ病 |
不眠 | 過眠 |
食欲低下(体重減少) | 食欲亢進(体重増加) |
25歳以上の発症 | 若年(25歳以下)発症 |
躁うつ病の家族はいない | 躁うつ病の家族がいる |
6ヶ月以上の病気の期間 | 抑うつエピソードの再発(5回以上) |
副作用や抗うつ薬の服用状況についての再検討
副作用があることによって、抗うつ薬が最大量まで増量出来ていない場合、その抗うつ薬が無効であったとは断言出来ないと考えられます。また、定められた用法に従って内服出来ていたか、という検討も必要です。例えば、1日2回服用するべき薬を、朝は飲み忘れが多かったと言うことがこれに当たります。
心理的ストレスの再検討
心理的ストレス(対人関係、経済的困窮)や身体的ストレス(過労など)は、うつ病発症の誘因になり得ると共に、悪化や治りづらさの誘因になり得ると考えられています。うつ病の治療過程においては、休息を取る事で、心理的ストレス及び身体的ストレスが軽減されると、亢進していた視床下部ー下垂体ー副腎皮質(HPA)系の機能の正常化が起こり、それに伴い低下していた脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現や機能の正常化が起こり、海馬など神経細胞の修復を介して、うつ病の症状が改善すると考えられています。従って、難治性うつ病においては、心理的あるいは身体的ストレスが軽減されず持続しているため、HPA系の機能の正常化が起こらず、うつ症状が改善していない可能性があるのです。
心理的ストレスの抱えやすさにしばしば関与していると考えられるのが、その人の愛着スタイルです。愛着スタイルについては当サイトの別記事『愛着スタイルとうつ病』を参照して頂きたいのですが、愛着スタイルとは、対人関係の見方や捉え方の基礎となっている、対人関係に対するイメージです。愛着スタイルには、安定型と不安定型があり、上記別記事に書いた通り、不安定型愛着スタイルの方は、心理的ストレスを抱えやすいと考えられます。したがって、うつ病が長期間治らない場合、何らかの心理的ストレスが持続していないかということと、不安定型愛着スタイルの関与の可能性を検討するべきだと考えます。
併発している病気の再検討
特に不安症、パーソナリティ障害の併発の有無について再検討が推奨されています。うつ病の難治性に関する因子の研究で、パニック障害や社交不安障害などの不安障害や、パーソナリティ障害を併発していると、うつ病が治りにくいことが報告されています。
幼少期の虐待的養育の再検討
最近の疫学(特定の集団内での病気の頻度などを解析し、病気の流行状況や原因を研究する学問)研究によると、幼少期に虐待的養育(この研究では虐待的養育を、性的虐待、身体的或いは心理的虐待、身体的或いは心理的育児放棄の5つのタイプに分けて解析しています)を受けていると、受けていない場合と比較して、2.66~3.73倍うつ病を発症しやすく、特に心理的虐待及び心理的育児放棄がうつ病発症の誘因となりやすいと報告されています。また、幼少期に虐待的養育を受けていると、受けていない場合と比べて、より早期にうつ病を発症し、抑うつエピソードが長引き、かつ頻繁に起こる傾向が認められました。更に、幼少期に虐待的養育を受けていると、受けていない場合と比較して、難治性うつ病になりやすいと報告されています。
まとめ
長期間治らないうつ病(難治性うつ病)とは、2種類以上の抗うつ薬を、最大量で1ヶ月以上使用したにも関わらず、うつ症状が改善しない病状のことを言います。難治性うつ病はうつ病全体の約3割を占めており、決して珍しい病気ではありません。当初の治療でうつ病が治らない場合、診断、副作用や服薬状況、心理社会的因子、併発症、幼少期の被虐待的養育歴などについて再検討することが、適切な治療法の選定のために重要だと考えられます。
参考文献
- 樋口輝彦, 市川宏伸, 神庭重信, 朝田隆, 中込和幸. (2016). 難治性うつ病. 今日の精神疾患治療指針第2版, 医学書院.
- 野崎和博, 高江洲義和, 渡邊衡一郎. (2018). 難治性うつ病の診断と治療. 診断と治療のABC, 141(別冊), 192-199.
- 鈴木枝里子, 坂元薫. (2014). 大うつ病と双極性うつ病をどう鑑別するか? カレントテラピー, 32(6), 519-523.
- Childhood Maltreatment Predicts Unfavorable Course of Illness and Treatment Outcome in Depression: A Meta-Analysis. Valentina Nanni, Rudolf Uher, Andrea Danese. Am J Psychiatry. 2012 Feb;169(2):141-51.
- Childhood Maltreatment and Characteristics of Adult Depression: Meta-Analysis. Janna Nelson, Anne Klumparendt, Philipp Doebler, Thomas Ehring. Br J Psychiatry. 2017 Feb;210(2):96-104.
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