はじめに
長期間うつ症状が治らずお悩みの方の中には、うつ症状が始まる前から、他者の助言や指示無しに自分の考えだけで物事を決めるのがとても不安だとか、他者に嫌われるのではないかととても不安に感じるとか、決まった順序でやってもらえない事が気になり、他者に仕事を任せられないとか、相手から拒絶されることを恐れる余り人付き合い自体を避けてしまうなどのお悩みをお持ちの方がいらっしゃるのでは無いでしょうか。そのような方の中には、うつとパーソナリティ障害(人格障害)が併発している方が含まれているかもしれません。ここでは個人の行動や対人関係などのパターンに影響を及ぼす、パーソナリティ障害についてご紹介したいと思います。この記事を読むことで、長期間治らないうつの要因となる、パーソナリティ障害とはどの様な病気なのかが分かります。長期間治らないうつについて正しい知識を得ることは回復のために重要です。
パーソナリティ障害とは
パーソナリティとは、考え方、感じ方、行動の仕方、対人関係の持ち方などに現れる、その人の特徴で、人格とも呼ばれます。パーソナリティ障害(人格障害)とは、そのような特徴の偏りが著しく、職場や学校など社会生活に支障を引き起こしている状態のことです。その症状は長期間続いており、青年期または成人期早期までには始まっているとされています。岡田尊司氏は『パーソナリティ障害』において、パーソナリティ障害に共通する特徴として、自分に対するこだわりと、傷つきやすさであり、そのことから、対等で信頼し合った人間関係を築くことの障害という側面があると書いています。以下に、代表的な精神疾患の分類として世界的に使用されている、精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders Fifth Edition, DSM-5)に掲載されており、うつ病にしばしば併発するパーソナリティ障害についてご紹介したいと思います。
依存性パーソナリティ障害
面倒を見てもらいたいという過剰な欲求があり、人と離れることに不安を感じるために、従属的でしがみつく行動まで取るのがパーソナリティの特徴で、以下のうち5つ(またはそれ以上)が当てはまります。
- 日常のことを決めるにも、他の人達から多くの助言と保証が無ければ出来ない
- 生活の多くの場面で、他人に責任をとって貰うことを必要とする
- 不支持や認められなくなることを恐れるために、他人の意見に反対するのが難しい。
- 判断または能力に自信が無いため、自分の考えで計画を始めたり、または物事を行う事が困難である
- 他人に世話をしてもらったり支えてもらうため、不快なことまで自分から進んでやってしまう
- 自立してやっていけないという恐怖が強く、1人になると不安、または無力感を感じる
- 一つの親密な関係が終わると、自分を世話し支えてくれる、別の関係を必死で求める
- 独りで自立してやって行かなければいけないという恐怖に、非現実的なまでにとらわれている
境界性パーソナリティ障害
対人関係、自己像、感情などが不安定で、著しく衝動的なことがパーソナリティの特徴で、以下のうち5つ(またはそれ以上)が当てはまります。
- 見捨てられる事をなんとか避けようとする
- 対人関係が両極端に傾き易く不安定
- 自分が何者なのか分からない
- 自己を傷つける可能性のある衝動的行動(浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食など)
- 自殺しようとする、そのそぶりや脅し、または自傷行為の繰り返し
- 気分や感情が不安定
- 慢性的な虚しさを感じている
- 怒りの感情をコントロール出来ない
- 妄想や解離症状(*)が見られる
*解離症状とは、主として下記のいずれかの症状です。
- 解離性同一性障害:2つまたはそれ以上の人格が認められる
- 解離性健忘:強いストレスやトラウマに関する事を想い出せない
- 離人感:自分の思考、感覚、身体などに対する非現実または離脱感
- 現実感消失:周囲に対する非現実または離脱の体験
強迫性パーソナリティ障害
柔軟性、開放性、効率性を犠牲にしてでも、秩序立っていることや完璧である事、精神や対人関係の統制が取れていることを重視するのがパーソナリティの特徴で、以下のうち4つ(またはそれ以上)が当てはまります。
- 規則、一覧表、順序、構成、または予定表など細かい点にとらわれる
- 課題の達成の妨げになる程の完璧主義
- 娯楽や友人関係を犠牲にしても、仕事や生産性に過剰にのめり込む
- 道徳、倫理、または価値観に関して、過度に誠実で良心的かつ融通がきかない
- 感傷的な意味を持たなくなっていても、使い古した、または価値のない物を捨てる事が出来ない
- 自分のやり方に従って貰えなければ、他人に仕事を任せられない、または一緒に仕事を出来ない
- ケチである。お金は将来の破局に備えて貯め込んでおくべきだと思っている
- 堅苦しく頑固である
回避性パーソナリティ障害
引っ込み思案、自分に自信が無い、周りから否定的に評価される事を過剰に恐れるのがパーソナリティの特徴で、以下のうち4つ(またはそれ以上)が当てはまります。
- 批判、非難、または拒絶される事を恐れる余り、仕事で人と会うことを避ける
- 好かれていると確信出来なければ、人と関係を持ちたがらない
- 恥をかかされる、または馬鹿にされる事を恐れて、親密な関係の中ですら遠慮する
- 対人関係において、批判される、または拒絶されることに心がとらわれている
- 自分に自信が持てず、新しい対人関係に対して消極的になる
- 自分は社会でやっていけない、人間として長所が無い、または人より劣っていると思っている
- 恥をかくことを恐れ、個人的な危険を冒すこと、または何か新しい活動に取り掛かることに、異常なほど引っ込み思案である
回避性パーソナリティ障害については、別の記事も参照して下さい。
治らないうつの原因としてのパーソナリティ障害
うつ病の約15%に依存性パーソナリティ障害、約10%に境界性パーソナリティ障害、約9%に強迫性パーソナリティ障害が併発するとの報告があります。前記の様なパーソナリティ障害の症状も、本人から見れば性格であって、病気の症状だという認識が乏しいため、自らその症状を訴えることは少なく、診察にあたる医師の側にもパーソナリティ障害の併発という認識が乏しければ、ベースにあるパーソナリティ障害の診断がなされないまま、不安やうつ症状のみに焦点を絞った治療が行われ、長期間治らないうつや何度も繰り返す適応障害となることがあります。治らないうつの治療においては、パーソナリティ障害併発の有無を再検討し(「うつ病が治らない時は診断の再検討」)、併発している場合には同時に治療する事が重要と考えられます。
まとめ
パーソナリティとは、考え方、感じ方、行動の仕方、対人関係の持ち方などに現れる、その人の特徴で、人格とも呼ばれます。パーソナリティ障害とは、そのような特徴の偏りが著しく、職場や学校など社会生活に支障を引き起こしている状態のことです。長期間治らないうつや何度も繰り返す適応障害においては、パーソナリティ障害が併発していないか診断を再検討し、パーソナリティ障害がベースにあり、うつ症状が二次的に生じているケースでは、うつ症状改善のためにパーソナリティ障害を同時に治療していくことが重要です。
参考文献
- 樋口輝彦, 市川宏伸, 神庭重信, 朝田隆, 中込和幸. (2016). パーソナリティ障害の概念. 今日の精神疾患治療指針. 第2版. 医学書院.
- 野崎和博, 高江洲義和, 渡邊衡一郎. (2018). 難治性うつ病の診断と治療. 診断と治療のABC. 141(別冊):192-199.
- うつ病(DSM-5)/ 大うつ病性障害. (2016). 日本うつ病学会治療ガイドライン II.
- 岡田尊司. (2004). パーソナリテイ障害. PHP新書.
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